トップページ > 論文・研究発表 > 自作模型を用いた上部消化管内視鏡研修のトレーニング効果

自作模型を用いた上部消化管内視鏡研修のトレーニング効果

大分健生病院
今里 真 今里幸実 楢原真由美
杉谷誠爾 小柳敏彦 酒井 誠

 上部消化管内視鏡検査は多くの施設で行われているが、医学教育の場では、その初期研修システムは従来より各施設に委ねられ一定していない。 我々は上部消化管内視鏡検査の初期技術研修において、挿入の時点で膿盆の「そら豆」状カーブを、観察の時点で張りぼてを用いたトレーニングを新たに研修医 6人に行い、初回挿入から観察・写真撮影に至るまでを従来の指導が行われた研修医7人と比較した。その結果、初回挿入、初期5回挿入、初期10回挿入、初 回観察・写真撮影の全てにおいて新たなトレーニングを受けた研修医6人の方が優れていた。上部消化管内視鏡検査を研修する際に膿盆や張りぼてを用いたト レーニングを行うことは、挿入や観察の手技を向上させ、結果として被験者の苦痛を軽減し、医療事故を予防すると思われた。医学教育の場では、科学的修練を 加えることが有用であり、本法のように安価・簡便で効率的な工夫は再現性があり有用である。

  • キーワード:上部消化管内視鏡、模型、トレーニング、医療事故、教育

緒言

 当施設は卒後研修医を受け入れているが、初期2年間の研修に上部消化管内視鏡検査(挿入・観察)を位置づけている。また、開業目的で1年間のプライマ リ・ケア研修として当施設での内視鏡研修を希望される中堅医師も少なくない。しかしながら、成書を読み上級医の内視鏡検査を見学しながら簡単なスコープ操 作を習い、その後、被験者に実際挿入する従来の方法では、研修医が挿入・観察をすみやかに行えるまで50〜100例を要してきた。そしてその間は事故を起 こさないようにするため指導医は過度な緊張を強いらてきた。また、開業前の内視鏡研修医師も以前勤務していた施設とスコープの操作性が違い、被験者に苦痛 を強いることが目立ち早急な解決が求められた。しかし、市販の内視鏡トレーニング用モデルは高価で中小規模病院での購入は困難であった。従って、科学的か つ安価・簡便で効率的、そしてどの中小病院でも再現可能な研修法を考案する必要があった。そこで上部消化管内視鏡検査において、各スコープの劣化や機種、 個体差に伴う操作性の違いを経験に依らず克服し、挿入や観察の手技を向上させ、結果として被験者の苦痛を軽減し、医療事故を予防するために考案した低価格 で再現性のある新しい研修法の有用性を検討した。

方法  まず成書等に記載される咽喉頭の解剖のうち、上部消化管内視鏡挿入の際鏡視できない矢状断について、ヘリカルCTを用いた画像でその曲線のポイントを検証した。 画像作成は医師である著者がヘルシンキ宣言を遵守した上で自らの手で自らの胃内に12Fr.サイズ胃洗浄用チューブを挿入留置し、内腔に2%ガストログラフィンを注入しCT撮影を受けたものを使用し、内視鏡挿入の指標となるCT矢状断像を得た(写真1)。

挿入のポイントは空気(黒)からガストログラフィン(白)への境界で、いわゆるupアングルをかけるが、2椎体ほどで変曲点をむかえるためそのまま挿入すると気管内挿入となる。従って、この変曲点でupアングルを解除する必要があり、それ以前にスコープの劣化によっては、いわゆるdownアングル操作を始めなければならない。この一連の操作を内視鏡軸を保持したままスムーズに行えれば挿入技術はほぼ問題ないはずであり、この一連の操作に適した「そら豆」状の力一ブを有するのが膿盆である。

 研修医を次の二群に分けた。

 従来群:成書を読み上級医の内視鏡検査を見学しながら簡単なスコープ操作を習い、その後、被験者に実際挿入する従来の内視鏡指導を受けた新卒研修医7人。

 トレーニング群:従来群の次の世代の研修医で、今回考案した模型を用いたトレーニングを100回行った新卒研修医6人。

 本トレーニングは、上記CTを基礎に始まるようプログラムした。すなわち挿入の時点で内視鏡の先端が膿盆の縁の「そら豆」状力一ブに沿うようにアングル操作をした後(写真2)、観察の時点で手作りの張りぼての中でくまなく写真撮影するのである(写真2,3)。

張りぼての中は胃癌取り扱い規約に準じた三領域(U,M,L)が色分けされており、各領域に撮影や生検の指標となるアルファベットが標されている。膿盆と 張りぼては各々独立し接着されず、特に張りぼて内にスコープを挿入した後はバスタオルをかけるなど、張りぼてが動揺し難いように工夫した。さらに初期10 回は指導医が、見落としたアルファベットを含め、その場で正面視を指導をする。なお、挿入法は通常「咽頭部を観察しながら左梨状窩方向から食道入口部に接 近して通過する」方法と「正中矢状面で盲目的に咽頭〜食道入口部のカーブに合わせて挿入する」方法に大別されるが、当院では二群とも理論および見学の際双 方の挿入法を紹介指導している。電子内視鏡世代には前者が理解しやすいであろうが、軸がずれた際や鎮静剤使用時に十分視野がとれないことがあるため後者は 必須と考えているからである。なお、鎮静剤はジアゼパム少量投与で、その使用対象は20%前後の希望者であり、上記二群において偏りはなかった。上記二群 での初回挿入、初期5回挿入、初期10回挿入、初回観察・写真撮影について検証した。挿入成功の基準を、1)食道挿入に迷って時間が20秒以上停滞しな い、複数回の挿入動作を強いられない、2)挿入時に被験者の苦痛が伴い術者交代とならない、3)挿入時に梨状窩を中心とした出血を伴わない、4)気管内挿 入をしない、以上を全て満たした場合とした。また、観察・写真撮影成功の基準を挿入成功の有無によらず、15分以内に胃の内腔をくまなくフィルム撮影でき たと複数の内視鏡医が判断した場合とし、参考として十二指腸球部および下行脚までの挿入観察についても点検した。

結果

従来群とトレーニング群の対比を表1に示した。

初回挿入、初期5回挿入、初期10回挿入、初回観察・写真撮影のすべてにおいて、模型を利用したトレーニング群は従来群に比べ優れていた。精査を要する病変がなかったこともあり、トレーニング群は全員初回観察を10分程度で終えた。参考とした十二指腸球部および下行脚までの挿入観察においても、トレーニング群のみ迷うことなく施行できていた。従来群は上級医が挿入してもオリエンテーションがつかず観察困難であった。

考察

 わが国での上部消化管内視鏡検査は、一般病院のみならず無床診療所でも広く行われている。卒後研修医も内科・外科にかかわらず初期研修の一環として、上部消化管内視鏡検査(挿入,観察)を担当することがめずらしくはない。しかしながら、一般的に研修指導は、成書を読み上級医の内視鏡検査を見学しながら簡単なスコープ操作を習い、その後、被験者に実際の挿入が行われることが多いようである。大学病院などで「春から夏に胃内視鏡検査を受けるものではない」と患者間での会話があるのは、研修指導のあり方に問題を投げかけていると受けとめたい。一方、医療事故の中でも内視鏡関連1)〜3)のものは頻度が高く、医療訴訟まで進展するケースすら珍しくはない。

 今回の我々が用いたトレーニング法は挿入と観察の点を重視しながらも、結果として患者への苦痛を軽減し、偶発症を予防することを目的としたものである。成書や医学雑誌の特集など4,5)では多くの解剖図をもとに挿入のポイントが解説されているが、実際に内視鏡相当の管が挿入された矢状断像の写真によるイメージは強調されていない。

 今回着眼点を管が挿入された矢状断像に絞り、CT撮影をもとに挿入のポイントが内視鏡軸の保持と「そら豆」状の曲線でのアングル操作対応であると判断できた。そしてそのポイントの習得に適した模型が膿盆であることもわかった。全国のほとんどの上部消化管内視鏡を行う病院が複数年にわたり使用頻度の大変多いスコープを用いており、当院を含め研修医が経験の少ないままその内視鏡を手にすることも稀ではない。新品のスコープと使い込まれたスコープの違いはそのアングル操作の「遊び」「へたり」に反映されることが多く、研修医の挿入トラブルの大きな原因の一つであり、「前の病院では同一機種を盲目的に挿入できていたのに、ここでは直視下でも挿入できない」など典型的なケースにも遭遇する。

 今回の研修システムの目的の一つには使用頻度が多く「遊び」「へたり」の大きいスコープでのトラブル対策も含まれる。新品のスコープなら挿入直後にupアングル操作を解除するだけで食道挿入できる症例でも、劣化したスコープではupアングル操作の後、すみやかにそのアングルを解除すべくdownアングル操作に移行する必要が時にある。このタイミングは膿盆の縁のカーブに沿ってアングル操作を100回行うことでトレーニング群の全員が身に付けることができた。

 もう一つの「遊び」「へたり」の原因となる各種スコープの機種による特性も上記トレーニングで把握できた。さらに頭頚部の個体差を考慮し、膿盆も大小を使い分けて仕上げとした。また、張りぼて内のオリエンテーションおよび各部位の正面視、写真撮影も100回ですみやかに行えるようになった。この各100回は研修医が熱意をもってテンポ良く行えば1ヵ月程度で終了可能である。この間、成書での学習と上級医の行う内視鏡検査を見学し、自分なりに十二指腸への挿入までイメージトレーニングを重ねるのである。その成果としてトレーニング群の全員が、初回被験者挿入から通常の内視鏡検査を完了できたと思われた。従来群の挿入成功率がきわめて低いのは、挿入成功の基準を前述の通り厳しく設定したためであり、決して無謀な指導を行ったわけではない。被験者の不利益になる前に術者交代としているところが大きい。従来群の初回観察・写真撮影については、内視鏡操作と視覚を連動させるトレーニングの乏しさが反映された低い成績であろう。

 今回のトレーニングは直視下挿入と盲目的挿入を併せて、しかもスコープの使用頻度に伴う劣化や機種の違い、そして頭頚部の個体差を経験に頼らず克服するために行い有意義な結果を得た。当院ではこの結果をもとに、研修医の上部消化管内視鏡研修には本トレーニングを義務づけ、挿入や観察の手技を向上させ、結果として被験者の苦痛を軽減し、医療事故を予防することとした。現在、研修医は各種斜視鏡や側視鏡の挿入についても苦慮なく行えている状況である。高額な内視鏡トレ一ニング用モデルが市販されてはいるが、利用頻度は低いと筆者は聞く。上達の秘訣は日本独特の実践主義のようであるが、米国同様研修医の内視鏡挿入関連事故は「無謀である」と判断される時代は近い。当院を含め高額な市販品を購入できない施設が多いことから、通常施設にある物(膿盆、紙や糊と文房具)で作成できる当施設の研修システムは中小規模の医療機関でも再現可能である。ある程度、内視鏡操作に習熟した者が慎重さを欠き重篤な合併症を引き起こす可能性もあると判断し、筆者も初心に帰って本トレーニングを行う時間を設けている。

 最近の消化器内視鏡関連の学会でも挿入法で会場が沸くのは大腸内視鏡であり、上部消化管内視鏡挿入はほとんど論じられない。上部消化管内視鏡でその技術や安全性が問われる分野はもっぱら内視鏡的粘膜切除術(EMR)などの処置である。これは消化器内視鏡関連書籍の展示占拠空間とそのバリエーション、売れ行きにも反映されている。本論文がこれから消化器内視鏡を始める研修医諸先生方への警鐘となれば幸いである。

結論

 上部消化管内視鏡検査を研修する際に、挿入の時点で膿盆を、観察の時点で張りぼてを用いてトレーニングを行うことは、各スコープの劣化や機 種、そして頭頚部の個体差に伴う操作性の違いを経験に依らず克服し、その手技を向上させ、結果として被験者の苦痛を軽減し、医療事故を予防すると思われ る。このモデルに対しては、経済的余裕のない病院も新たな出費不要である。医学教育の場では、科学的修練を加えることが有用であり、本法のように安価・簡 便で効率的な工夫がなされることが望まれる。

文献

1)仲 紘嗣,升田和比古,内沢政英:消化器内視鏡分野における偶発症の研究。日本消化器内視鏡学会雑誌41:10-14,1999
2)春日井達造,並木正義,本田利男,他:消化器内視鏡の偶発症に関する全国アンケート調査報告 −1983年(昭和58年)より1987年(昭和62年)までの5年間−日本消化器内視鏡学会雑誌31:2214−2229,1989
3)金子榮蔵,原田英雄,春日井達造,他:消化器内視鏡関連の偶発症に関する第2回全国調査報告−1988年より1992年までの5年間−日本消化器内視鏡学会雑誌37:642-652,1995
4)多賀須幸男:パンエンドスコピー,医学書院,東京,1994:31-53
5)白幡雄一,滝野賢一:食道鏡検査に伴う合併症と必要な食道入口部の知識,耳鼻咽喉科の展望29:15-23,1986

※この論文は「日本プライマリ・ケア学会誌 第27巻第1号(2004.3)」にて掲載されております。