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家庭内暴力の症例から現代にある家族の問題 |論文・研究発表

心理判定士 池田 純子

1.はじめに

今回報告する2症例は、いずれも家庭の「暴力」によって幼児期、前思春期さしかかった患児が情緒の発達の問題を抱え、また繰り返し身体症状を訴え続けた症例である。

さらに関わっていく中で明らかになったことは、「暴力」発端の背景には被虐待者、虐待者、および家族全体が抱えている問題と、さらにその家族、特に両親の生育歴や属している社会の問題が様々に絡み合って関与している事実であった。従って、治療の対象は子どもたちだけではなく家族全体が含まれる。

現代にある子どもの問題、家族の問題を考えてみたい。

2.症例紹介

症例1  K.Sくん(5歳)

市内の保育園に通園申。母親は6歳の姉と本児を連れて現在の夫と再婚。現在の夫との間に生まれた1歳の弟がいる。

発症及び経過

保育園からの紹介で来院。事前に園の担任から「落ち着きがない」「攻撃的」 「奇声を発する」「大人の顔色をうかがう」などの気になる行動について情報提供を受ける。

母親との面接

 来院した母親の頬に青アザを認め、問いただすと月に2〜3回突然夫が「暴力」を振るい顔や身体を殴ったり、割れた瓶で傷つけられること、父親が暴れだすと、子どもたちが布団の中にかくれ、じっと耐えていることが分かった。母親は幼少期から実の父親の母親に対する「暴力」を見て育ったこと、結婚した最初の夫からも「暴力」を受け、今の夫の暴力については「我慢すればいい、普段はいい人だから。」(談)と語り、夫に対する非難の言葉は聞かれなかった。

 Kくんが描いた「家族画」です。Kくんは家族画の中で「パパがママをたたく」と語った。父親から母親を守るように子どもたちが描かれている。

症例2 N.Kくん(12歳)

市内の小学校6年生。家族は公務員の父親と専業主婦の母親、中学3年生の兄がいる。

発症及び経過

 2000年4月より、毎週月曜日に37度の台の発熱のため来院し「頭 痛」「下痢」「食欲不振」を訴え、必ず月曜日に受診することから「不登校か」という医療者の認識であった。5月に主治医より依頼があり、心理が介入した。 患者におこなった心理検査では「両親の不一致」という結果がでた。

母親との面接

 公務員で、元来、人付き合いの苦手な父親が、不本意な職場の配置換え以降、家庭内で母親に「暴力」を振るい、食器棚やテレビを破壊し、子どもたちに暴言を吐くなどの行為が繰り返し起こっていた。
 
 Nくんが描いた「家族画」です。Nくんは家族画の中で両親のみを描き、無意識に兄弟不在のドライブの様子を描いている。彼は「父が強引に家族をドライブに誘う、兄ちゃんも僕も行きたくない」と語り、その理由を聞く中で、始めて父親の家庭内での「暴力」が明らかとなった。

3.考察

@子どもの不定愁訴の背景には、器質的疾患以外に心埋的要因が隠れている可能性がある。
A家族の抱える問題が、子どもを通して表現(表面化)されること。
B子どもの症状が改善した後は、母親(父親)への長期の丁寧な精神的援助が必要である。
C「暴力」が存在する家庭の申で育つことによって、偏った(誤った)対人関係を身につけて成長してしまう(繰り返す)危険'性がある。
D「暴力」の再発防止には、母親(父親)、家族全体への援助か必要であること。医療機関を含む児童虐待防止に係わる他の関連機関との連携・ネットワークが必要である。

4.おわりに

 2症例は家庭内における父親の「暴力」が、幼児期、前思春期にいる子どもの成長・発達に悪影響を及ぼしてきた。直接子どもへの暴力にはつながっていないが、日常繰り返し起こる破壊や母親への暴力を目撃し続ける子どもの心の傷は計り知れない。家庭という密室の中で、力のある者だけが君臨し母親や子どもたちを抑圧し続けてきたといえる。
 
 患児の兄が「俺、高校生になったら親父をぶん殴ってやる」と、ふと漏らした言葉が切ない。暴力が暴力を生む社会は危険である。
 
 2症例は現代にある家族の問題を改めて我々に突きつけたといえる。